【AICE連載セミナー】第7次エネルギー基本計画と自動車用内燃機関の未来(1/2ページ目)
- コラム
2024.09.10
【AICE連載セミナー】第7次エネルギー基本計画と自動車用内燃機関の未来(1/2ページ目)
橘川 武郎
国際大学学長
はじめに
2024年5月15日、総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会の第55回会合が開かれ、第7次エネルギー基本計画の策定をめざす審議が本格的に始まった。毎次のエネルギー基本計画で中心となってきたのは、近未来を目標年度とした電源構成見通し(電源ミックス)を、最も蓋然性が高い単一シナリオとして提示することである。今回の第7次エネルギー基本計画では、2040年度が目標年度となる。
本稿では、2040年度の電源構成見通しを中心に、予想される第7次エネルギー基本計画の内容を展望し、それとの関連で自動車産業における内燃機関の役割の将来像について考察する。これらの作業を通じて、我々は、自動車用内燃機関の未来を過度に悲観すべきでないことが明らかになるだろう。
(1)第7次エネルギー基本計画策定が直面する厳しい前提条件
第7次エネルギー基本計画に関しては、まず何よりも、その前提条件がきわめて厳しいものである点を、指摘すべきであろう。
2025年11月にブラジルで開催される予定のCOP30(第30回国連気候変動枠組み条約締約国会議)では、世界各国が、2035年に向けた温室効果ガスの削減目標を持ち寄ることになっている。それへ向けて日本も、第7次エネルギー基本計画を策定することになる。
ここで想起すべきは、2023年5月に広島で開催されたG7(先進7ヵ国首脳会議)の本会議に先立って、同年4月に札幌で行われた主要7ヵ国の気候・エネルギー・環境担当大臣会合において、「2035年に温室効果ガス(GHG)の排出を2019年比で60%削減する」ことが共同声明に盛り込まれたことである。日本は、2023年のG7の開催国として、この新しい削減目標を事実上、“国際公約”したことになる。ちなみに、この目標数値は、2023年12月のCOP28の合意文書にも盛り込まれた。
日本のこれまでの国際公約は、「2030年度にGHGの排出を2013年度比で46%削減する」というものであった。2013年度から2019年度にかけて、わが国の年間GHG排出量は、14億800万トンから12億1200万トンへ(いずれも二酸化炭素換算値)、14%減少した。14%減少した年間温室効果ガス排出量をさらに60%削減するというのであるから、これは、一大事である。「2035年GHG排出2019年比60%削減」という新しい国際公約は、従来の基準年度に合わせて「2013年度比」に換算すると、「66%削減」を意味する。期限が2030年から2035年へ5年間延びるとはいえ、削減比率は46%から66%へ20ポイントも上積みされるのである。
この点こそが、第7次エネルギー基本計画で電源構成見通しを作るにあたっての、「与えられた厳しい前提条件」なのである。
(2)第6次エネルギー基本計画の2030年度電源構成見通し自体が実現困難
別表の(1)は、2024年6月末時点で効力をもつ第6次エネルギー基本計画(2021年10月閣議決定)が提示した2030年度の電源構成見通しを示したものである。しかし、この見通しの実現はきわめて困難だと言わざるをえない。
別表 2030・40年度の電源構成見通し (単位:%)
|
再生可能 エネルギー |
原子力 |
水素・ アンモニア火力 |
天然ガス火力 |
石炭火力 |
石油火力 |
36~38 |
20~22 |
1 |
20 |
19 |
2 |
|
30 |
15 |
1 |
32 |
20 |
2 |
|
(3)2040年度の電源構成見通し |
45~50 |
25~30 |
5 |
20 |
0 |
0 |
筆者作成。
(注)(1)は第6次エネルギー基本計画による数値。(2)、(3)は筆者の推計値。
再生可能エネルギーで伸びしろが大きいのは風力であるが、2022年度末の導入実績は陸上5.1GW、洋上0.1GWにとどまり、リードタイムの長さから考えて、陸上17.9GW、洋上5.7GWという2030年度の導入目標には届きそうにない【1】。20〜22%という原子力比率を実現するには27基の原子炉の稼働が必要である【2】が、2024年8月末時点で12基しか動いておらず、2030年度時点では20基稼働がせいぜいだろう。したがって、筆者の推計値を示した別表の(2)にあるように、2030年度の実際の電源別構成では再生可能エネルギーは30%程度、原子力は15%程度に過ぎず、水素・アンモニア火力の1%を合わせても、非化石電源の比率は46%程度にとどまるだろう。
じつは日本政府も、この事実を認識している。そのことは、法的義務をともなうエネルギー供給構造高度化法(「エネルギー供給事業者に非化石エネルギーの利用を促す法律」)の実際の運用に、端的な形で示されている。本来であれば、第6次エネルギー基本計画で2030年度における非化石電源の比率を59%(再生可能エネルギー36〜38%+原子力20〜22%+水素・アンモニア火力1%)と見通したのであるから、エネルギー供給構造高度化法で義務づける非化石電源比率も59%に高めなければおかしい。しかし、2024年8月末時点でも、同法による非化石電源の義務づけ比率の下限は、第5次エネルギー基本計画に平仄を合わせた44%に据え置かれたままである。日本政府も、2030 年度までに非化石電源比率を59%にまで引き上げることは難しく、40%台なかばまでがせいぜいだと認識しているのである。
(3)「野心的」超え「空想的」なものになる第7次計画の2040年度電源構成見通し
与えられた前提条件が厳しく、しかも、2030年度の電源構成見通しが実現困難となると、第7次エネルギー基本計画において2040年度の見通しを策定することは、きわめて困難な作業となる。
もちろん、電力消費量が大幅に減少すれば、「2035年GHG排出2019年比60%削減」という前提条件の厳しさは緩和されるが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進行やAI(人工頭脳)の普及を受けて、データセンターでの電力消費の急増が見込まれる現在の状況下では、そのようなことは起きそうにない。結局のところ、前提条件は厳しいままであり、それを満たすためには、別表の(3)のような電源構成見通しを提示せざるをえないだろう。
(3)の見通しのなかで最も現実離れしているのは、「原子力25〜30%」という数値である。第6次エネルギー基本計画が打ち出した2030年度の電源構成見通しについては、現実との齟齬を意識して「野心的」という言葉が使われたが、このままでは、第7次基本計画が示す2040年度見通しは、それを超えて「空想的」なものとなってしまう。
(4)原子力をカーボンフリー水素の供給源としても活用する
2040年度の電源構成見通しの「空想化」を回避する道はあるのか。一つだけある。それは、原子力を、狭い意味での電源としてとらえるだけでなく、二酸化炭素を排出せずに作るカーボンフリー水素の供給源としても位置づけることである。
カーボンフリー水素は、カーボンニュートラルを実現するうえで、必要不可欠な基幹的な原燃料である。ガス火力を水素火力に転換し、水素と二酸化炭素で合成燃料(eメタンやeフュエル、グリーンLPガスなど)を製造し、鉄鋼業に水素還元製鉄を導入しない限り、カーボンニュートラルは達成されない。「カーボンフリー水素なくしてカーボンニュートラルなし」は、もはや「世界の常識」だとさえ言える。
カーボンフリー水素としては、通常、太陽光発電や風力発電で生産された電力(グリーン電力)を使い水の電気分解を行って得る、いわゆる「グリーン水素」が想定される。しかし、グリーン水素には、太陽光発電や風力発電の稼働率が低いため、電気分解装置の稼働率も下がってしまい、それがコスト高につながるという「泣き所」がある。それに対して原子力発電は、ベースロード電源として使えるものであり、高い稼働率を維持することが可能である。原子力発電所からの電力で水の電気分解を行えば、電気分解装置の稼働率も高水準に保つことができる。カーボンフリー水素をめぐる重大な高コスト要因の一つが、取り除かれるのである(原子力から作る水素について「ピンク水素」という呼称が使われることあるが、この言葉は意味不明であるし、一種の悪意を感じさせる。より広い概念ではあるが、「カーボンフリー水素」という言葉を使う方が、実態を理解しやすい)。
カーボンフリー水素であるグリーン水素やCCS(二酸化炭素回収・貯留)を使って得るブルー水素を作るコストは、海外の方が安い。グリーン電力のコストや、多くの場合油・ガス田を貯留場所とするCCSのコストが、海外の方が割安だからである。したがって、日本の場合、今のままでは大半のカーボンフリー水素を海外から輸入することになる。これではエネルギー自給率は向上しないし、カーボンフリー水素の海上輸送費も高くつく。
国内の原子力発電所をカーボンフリー水素の供給源にすれば、この問題も解決する。カーボンフリー水素の国産化が実現するのである。
さらに、原子力発電所の発生電力の一部を水素生産用に回せば、その分だけ従来型の電力供給量を減らすことができ、再生可能エネルギー電源の「出力制御」を抑制することができる。ともにカーボンフリーであるという共通の特徴をもつ再生可能エネルギーと原子力との共存が、実現するのである。
第7次エネルギー基本計画の電源構成見通しにおける原子力の比率を高めるためには、原子力を従来型の電源ととらえるだけでなく、カーボンフリー水素の供給源とも位置づける、新しい視点を導入するしかない。この視点が打ち出されるならば、国民の原子力に対する評価も、かなり好転する可能性がある。