【AICE連載セミナー】宇宙船地球号の最新エネルギー事情(古野 志健男 第1回)
- コラム

2023.10.27

【AICE連載セミナー】宇宙船地球号の最新エネルギー事情(古野 志健男 第1回)

【AICE連載セミナー】宇宙船地球号の最新エネルギー事情(古野 志健男 第1回)

 

著者 古野 志健男

(株式会社SOKEN エグゼクティブフェロー、株式会社デンソー 技監兼務)

 

 人類が移動の自由を手に入れた自動車、その起源はいつなのか?自動車の簡単な歴史とそれらに使われたエネルギーについて、まず温故知新という観点で振り返る。今、それらが大きな転機を迎えている。

 

120年前、クルマはすでに様々なエネルギーで走っていた!

 

 約530年前の1495年、レオナルド・ダ・ヴィンチが自走車を設計した。ゼンマイばね仕掛けの三輪車である。図面は残っていたが、実際に製作されたかどうかは不明のまま。この動力源は、ばねの機械的な弾性エネルギーと言える。

 

 世界初の自動車と言われているのが、約250年前の1769年、フランス陸軍がキュニョーに作らせた砲車の試作車である1)。この砲車が試運転中に壁に衝突し、世界初の交通事故としても有名。これは三輪蒸気機関車で、エネルギー源は薪などバイオマスの燃焼反応による熱エネルギーであった。

 

 

【AICE連載セミナー】宇宙船地球号の最新エネルギー事情(古野 志健男 第1回)

 それから117年後の1886年、カール・ベンツが世界初のガソリン自動車:ベンツ パテント モトール ヴァーゲンを造った2:画像)。棒ハンドルの三輪車で時速15kmで走行できたという。初の内燃機関(エンジン)車と言える。エンジンはその前に開発されていて、1867年に2サイクルでガス燃料のルノアールエンジンが、1876年には4サイクルでガス燃料のオットーエンジンが発明された。それぞれ熱効率は、4%と15%と低いものであった。ベンツはこのオットーエンジンをベースにしたガソリンエンジンを採用したのだろう。

 

 今から120年前の1900年代初め、アメリカではすでに蒸気自動車、電気自動車、ガソリン自動車が、442の割合で街の中を走っていたという。その中でも電気自動車が人気だった。クランク回しやギアシフトが不要な上、静かでコールドスタートも可能だったためである。EVは富裕層向けでバッテリーは交換式だったようだ。すでにこの頃からエネルギー源として、バイオマス、電気、ガソリンが活用されていた。

 

 ただ、1920年代に入ると、長距離走行の需要増加、ガソリン車の技術向上や低価格化、油田の発見などもあり、ガソリンや軽油の安定供給から蒸気自動車や電気自動車は姿を消した。それに合わせ、ガソリン車やディーゼル車によるモータリゼーションが世界に拡大していった。今の自動車社会の発展は、100年以上に渡る化石燃料である石油の安価で安定供給のお陰である。現在、燃料価格が高騰しているガソリンでも天然水よりも安いくらいだ。

 

◆宇宙船地球号にエネルギーの転機

 

 その自動車社会も含めて、宇宙船地球号に周知の通り100年に一度の転機が訪れている。GHGGreenhouse Gas温室効果ガス)による地球温暖化からの異常気象の猛威は言うまでもないが、ロシアのウクライナ侵攻に代表される東西摩擦激化によるエネルギー、レアメタル、食料、半導体危機、それらに対する保護政策など、我々地球人が搭乗している唯一の宇宙船の将来が危ぶまれる。

 

 それら問題解決策の1つとして、グローバルにカーボンニュートラル(Carbon Neutral : CN)達成や再生可能エネルギー比率の拡大が叫ばれているが、容易な道のりではない。それらの必要性や概要については、前回までの本コラムでマツダの山本博之氏が詳細に解説されているので、ここでは危機的な欧州とバイオ大国の米国の最新エネルギー情勢を解説したい。

 

・欧州の最新エネルギー事情

【AICE連載セミナー】宇宙船地球号の最新エネルギー事情(古野 志健男 第1回)

 2022224日、ロシアがNATOへの警戒もありウクライナを自国領土とするために侵攻を開始した。そのわずか2週間後の38日、欧州委員会(European Commission : EC)は、ロシアからの化石燃料依存から脱却するREPowerEUという政策を発表した3:円グラフ)

 

2020年時点での欧州連合(European Union : EU)のロシアからのエネルギー依存度は、石油、天然ガスがそれぞれ4割弱、石炭でさえ2割強もあった。2030年よりも早い段階でそれらからの脱却を目指すという。ただ、現状ではロシアからの天然ガスの輸入禁止という強硬措置ができない状況である。

 

 REPowerEUの取り組み方針として、省エネやエネルギー輸入元の多角化などはもちろんだが、再生可能エネルギーへの移行の加速と、水素関連アクションプラン「Hydrogen Accelerator」を推進する。再生可能エネルギーについては、Fit for 55 Package の1つである再生可能エネルギー指令における2030年での再エネ比率(全消費エネルギーに対する割合)目標を40%から45%に引き上げる4)2021年の再エネ比率は21.8%。そのためにEU太陽光戦略を発表し、2030年までに現在の4倍以上となる600GW規模の太陽光発電を新設する計画だ。

 

 Hydrogen Acceleratorでは、水素供給量を2030年には2000万トンに拡大するという。EU内製造と輸入が5割ずつの計画である。原発由来電力の活用も想定している。ただ、運輸の需要目標は230万トンで、12%と高くない。合わせて、水素インフラ整備や水素関連プロジェクトへの支援なども推進する。

 

 CN燃料への取り組みも盛んである。その中でも欧州では再エネ由来の電力を活用したe-fuelと呼ばれる合成燃料の研究開発、実証事業が推進されている。詳細は、第2、3回目のコラムで解説したい。

 

・米国の最新エネルギー事情

 

 一方、米国では、ウクライナ侵攻後の同じような時期にバイデン大統領が、ロシア産の原油、天然ガスなどエネルギーの全面輸入禁止の大統領令に署名した。米国のエネルギー輸入の約8%をロシアに依存していた。多くはないが影響は原油価格に出ているようだ。一方、米国は、2017年からサウジアラビアを抜いて原油生産国世界一であり、EUと異なりエネルギー的には強い立場である。

 

 米国でも水素エネルギー戦略を重要視している。エネルギー省(DOEDepartment of Energy)が2020年には「Hydrogen Program Plan」を打ち出した5)DOE長官のダン・ブルイエット氏は、「水素は米国のエネルギー資源を統合する燃料源だ。コスト低減と需要を増加し実用化する」と宣言した。2020年での水素生産量は約1000万トン/年と中国についで第2位。一方、グリーン水素の生産量ではまだまだ少ないが世界一である。

 

 また、米国ではCN燃料にも積極的だ。ただ、合成燃料ではなくて、バイオ燃料である。背景には、バイオ燃料を重視してきた歴史がある6)。そもそも196070年の大気汚染時代にさかのぼる。70年に制定された大気浄化法や燃料無鉛化の取り組みに伴い、環境に優れたオクタン価向上剤としてバイオエタノールを添加するようになった。73年の第一次オイルショック以降は急激にバイオ燃料の生産量が増えた。

 

 政策面では、2005年の包括エネルギー政策法(Energy Policy Act 2005)の中に、再生可能燃料基準(Renewable Fuel StandardRFS)を設けた。輸送用燃料(ガソリン、軽油、ジェット燃料など)に対してバイオ燃料の最低使用量(化石燃料への混合比率)を石油精製業者に義務付けている。

 

米国環境保護庁(Environmental Protection AgencyEPA)が毎年その目標値を発表するが、20年のバイオ燃料使用量目標は200.9億ガロンまで達した。石油販売業者は、ガソリンや軽油に対して体積比で10.9%のバイオ燃料を添加しなければならない。直近では、20236月には今後3年間のRFSを最終設定した。23年:209.4億ガロン、24年:215.4億ガロン、25年:223.3億ガロンと増加方針である7)

 

 米国はCN達成に危機感を抱いており、船舶や航空機、ピックアップトラックなどの内燃機関を搭載する大型モビリティの脱炭素化にバイオ燃料が欠かせないとみて急いでいるのだ。バイオ燃料技術は基本的には確立されており、早く導入できる利点がある。

 

 米国のバイオ燃料製造業界では、バイオエタノール、バイオディーゼルの大幅な増産計画中で、政策的にも前述のDOEなどが支援を強化する。しかも、食料に影響を与えない非可食性のセルロース系からの先進的バイオ燃料の増産に注力している。ただ、セルロースは分解(糖化)しにくいために手間がかかる。その分解酵素も高価なために生産コストが最大の課題で、それらは研究開発対象だ。

 

 以上のように、世界中でCNとエネルギーセキュリティを両立させなければならないが、宇宙船地球号は消滅することなく、搭乗者全員が豊かに平和で航行し続けることが最優先である。今後、容易ではないが世界全体でのエネルギー確保や融通、CNへの連携した取り組みが必須ではないだろうか。

 

 

##略歴

ふるの・しげお。1957年生まれ。滋賀県出身。1982年豊橋技科大電気電子工学専攻修了。同年トヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)入社、東富士研究所先行エンジン部署配属。2005年第2パワートレーン開発部部長。2012年、日本自動車部品総合研究所(現・SOKEN)常務、2013年同社専務、2020年同社エグゼクティブフェロー、デンソー技監兼務、現在に至る。2014年~20193月まで内閣府SIP革新的燃焼技術サブプログラムディレクター。2018年~日本自動車部品工業会技術顧問、現在に至る。

 

参考文献

1) キュニョーの砲車 - Wikipedia

2:画像カール・ベンツ - Wikipedia

3:円グラフ) https://www.econ.kyoto-u.ac.jp/renewable_energy/stage2/contents/column0313.html

4) https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/04/d97aae5aaa070894.html

5) https://www.hydrogen.energy.gov

6) https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00878/110500023/

7) https://jp.reuters.com/article/usa-epa-biofuels-idJPKBN2Y71T9

 

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