【AICE連載セミナー】エネルギー概論とカーボンニュートラルに向けて 原子力とフュージョンエネルギーの観点から
- コラム

2024.10.30

【AICE連載セミナー】エネルギー概論とカーボンニュートラルに向けて 原子力とフュージョンエネルギーの観点から

【AICE連載セミナー】エネルギー概論とカーボンニュートラルに向けて 原子力とフュージョンエネルギーの観点から

東京大学大学院 新領域創成科学研究科 基盤科学研究系

先端エネルギー工学専攻

教授 梶田 信

 

カーボンニュートラルに向けて,水力,太陽光,また日本では少ないものの他国では風力を中心として再生可能エネルギーとしての導入が進められています。しかし,電力の供給を考える上で安定性は欠かせない視点であり,例えば太陽光は天候などにより供給が不安定になることが大きな課題であり,安定した基幹電力が必要不可欠になります。その点で,世界的に基幹電力源として重要な役割を担ってきたのが原子力発電と言えます。

質量数235のウランに中性子がぶつかり核分裂反応をする際の質量損失によるエネルギーを利用する現在の原子力発電は,日本においては1970年ごろから導入が進められてきました。反応過程においては二酸化炭素を排出しないという点からクリーンで,かつエネルギー自給率が低い日本にとってはエネルギー資源の多様性を確保する点から,原子力発電は重要視されてきました。しかし,2011年の東日本大震災での福島第一原子力発電所の事故の影響は大きく,一度日本中のすべての原子力発電所が停止し,その後原子力規制委員会の厳格な審査が導入されました。20241018日現在,もともと50基以上あった原子力発電施設の中で,半数近くの廃炉が決定し,稼働数は10基に過ぎません(1)

 原子力発電の大きな問題は安全性に加えて放射性廃棄物でしょう。使用済み燃料の中でも再処理過程で利用できない残量物は高レベル放射性廃棄物となり,ガラス固化体にして十分に冷却した後に,地層処分される予定です。日本では,高レベル放射性廃棄物の最終処分場は決まっておらず,青森県六ケ所村などで貯蔵されていますが,世界で初めてフィンランドが最終処分を始めようとしていることは近年話題となっています(2)。放射線量の減衰には100010000年という単位の気の遠くなるような年月が必要です。

安全性や廃棄物の問題などを克服すべく,様々な次世代の原子力発電の開発が行われてきました。その中で,日本の国策において,次世代の原子力発電として位置付けられてきて,最も実現に時間がかかると考えられてきたのが核融合炉であり,最近ではフュージョンエネルギーとも呼ばれています。ただし,この核融合炉はウラン等の核分裂反応を用いる原子力発電とは全く異なっています。核分裂は重い原子が軽い原子に変わる反応ですが,核融合は水素同位体等の軽い原子が衝突し重い原子になる反応であり,その際の質量損失によるエネルギーを利用します。核融合反応は,太陽などの恒星で起こっている反応であり,太陽が膨大なエネルギーを発する機構です。地球の生命活動は太陽のエネルギーに支えられていますが,その源は核融合エネルギーです。太陽と同様の核融合反応を地上で制御しながら起こし,その熱を電気エネルギーに変えようというのが核融合炉です。実現できれば,基幹電源となる可能性を有しています。

太陽の中心は約1500万度で,密度も極めて高く,膨大な体積があるため1500万度程度で十分な反応が起こりますが,地上で十分な核融合反応を起こそうとすると,1桁高い約1億度の温度が必要になります。高い温度のガスは,プラズマと呼ばれる状態で,電子と原子核がバラバラになって動き回っている状態です。核融合反応を持続させるためには,1億度のプラズマをある一定時間留めておく必要があります。太陽では,重力により高温のガスが留まっていますが,地球上の重力ではガスを留めることはできません。そこで,プラズマが磁場に巻き付くという性質を利用して,ドーナツ型の強い磁場のかごをつくり1億度のプラズマを留めておく手法が主流となっています。磁場閉じ込め核融合と呼ばれ,世界中で研究が進められてきました。単純なドーナツ型のかごでは,プラスとマイナスの電荷が上下に分離してしまう荷電分離という問題があり,その問題を解消するために,磁場のかごに工夫が必要で,主流となっている磁場のかごのつくり方に2つの方式があります。1つはプラズマ中に電流を流して,電荷の分離を打ち消そうとするトカマク方式,またもう1つは磁場をつくるコイル自体をひねってらせん状とするヘリカル方式です。これとは別に,磁場のかごを使わず,強力なレーザーを使って瞬時に圧力を上げ爆縮させるレーザー方式(慣性閉じ込め)もあります。レーザー方式は日本では大阪大学が中心になって研究を推進しており,世界的にはNIFNational Ignition Facility)が202212月に生成エネルギーが投入エネルギーを越えたブレイクスルーが世界的なニュースとなりました (3)

日本ではトカマク方式は茨城県那珂市のJT-60が,ヘリカル方式は岐阜土岐市の大型ヘリカル装置LHDが世界でも重要なデータを出してきました。JT-60は超電導コイルを有するJT-60SAとして2023年に初めてプラズマの生成に成功し,今後の研究に注目が集まっています。現在,トカマク方式が最も進んでいると考えられており,世界が出資して南フランスで建設が進められているのが,ITER(イーター)です(冒頭写真)。2025年に実験を開始する予定で建設が進められていましたが,建設の遅れから2034年ごろになりそうです。遅れには様々な要因があるようですが,10m近い巨大な装置を数mmという精度で,かつ多国間で協力し合いながら製作しなければいけないことも難しさの1つのようです。今後,製作や組み立てがうまく進んでいき,2034年ごろに実験が開始されることを願います。

【AICE連載セミナー】エネルギー概論とカーボンニュートラルに向けて 原子力とフュージョンエネルギーの観点から

さて,エネルギー安全保障という観点では,核融合発電はどうなのでしょう? 核融合反応の中で,最も反応率が高いのは,水素同位体の重水素と三重水素の衝突により,ヘリウムが生成される反応です。資源としては,重水素は水の中に微量(0.015%)存在し抽出することができそうです。一方で,三重水素は半減期が12年と短く自然界にあるものを利用するのは難しく,人工的に生成する必要があります。核融合炉においては,核融合反応によって発生した中性子とリチウムを使って,三重水素を生成し反応に利用するサイクルが考えられています。このサイクルが成立すれば,水の中に存在する重水素,また若干のリチウムがあれば成り立つため,資源に関して心配する必要から解放されることになります。

安全性に関しても,核融合では,温度が上がっても下がっても、その反応率は下がるため負のフィードバックがかかり反応が抑制され暴走することがありません。また,核融合炉においては,高レベルの放射性廃棄物を排出することがありません。これらの点は現在の原子力発電とは異なる点です。ただし,放射性廃棄物がゼロかというとそうではなく,燃料の三重水素は放射性物質で管理が必要であり,また核融合反応により発生する中性子が核融合炉材料にあたると,材料が放射化してしまいます。低放射化材料などを利用することにより,できる限り放射化を防ぎ,低レベルの放射性物質の量を減らす必要があります。

最後に少し核融合実現の上で大きな課題の1つであり,私の専門でもあるプラズマと材料の相互作用について説明いたします。核融合反応を起こすためには,1億度程度までプラズマの温度を上げる必要があると述べましたが,地上で実現するためには,それらを覆っておく容器が必要になります。磁場のかごからはどうしても漏れ出てきてしまう粒子があり,また核融合反応で出てきた反応後の生成物(重水素と三重水素の場合はヘリウム)は燃えかす,つまり灰であり,燃料を希釈してしまうため灰を除去する必要があります。漏れ出てきた粒子を受けとめながら,炉の中から燃えかすを除去する役割を担うのがダイバータと呼ばれる装置です。ここでは材料とプラズマが直接接触することになります。極めて高い熱負荷となるため,融点が最も高く,電球のフィラメントでも知られているタングステンという材料が有望視されており,ITERではこの材料が利用されます。 炉心から漏れ出てきた1億度のプラズマがそのまま来てしまうと,いくら融点が高いと言っても3400度程度なのでひとたまりもありません。そこで,このダイバータに到達する前に,冷たいガスと相互作用をさせ,光でエネルギーを放出させ,できればプラズマを消してしまおうという制御法(非接触プラズマ,プラズマデタッチメント)が考えられており,ITERでもこの手法が採用されています。このプラズマデタッチメントを安定的に制御していくことが今後とても重要になってきます。

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熱的に何とか制御できたとしても,タングステンは高いエネルギーを持った水素やヘリウム粒子に晒され続けることになります。私が最も興味を持って携わってきたのがヘリウムとタングステンの相互作用です。ヘリウムはタングステンの中でナノバブルをつくり,ある条件になるとタングステンが綿毛化(ファズと呼ばれている)することが20年ほど前に見出されました。「金属が綿毛化?!」とこの分野の研究者はおどろき,その後現在に至るまでなぜ綿毛化するのか,そのプロセスの解明が試みられてきて,ナノバブルが関連することが分かってきていますが,まだ全容は明らかになっていません。綿毛化すると,核融合炉にとっては材料がもろくなってしまうのであまりうれしくないのですが,綿毛化した材料を様々な用途に活用できる可能性が模索されています。例えば、ガスセンサや,光電気化学,水電解,光学分野への利用が模索されています。

 フュージョンエネルギーの実現に向けては課題も多々ありますが,導入されればカーボンニュートラルに大きく貢献することになります。少しでも早く実現に近づくことができるように尽力していきたいと思います。

 

参考文献

(1) 原子力規制委員会HP https://www.nra.go.jp/jimusho/unten_jokyo.html (202410月現在)

(2) アメリカ原子力学会ニュース(2024/3/2Finland in Front: The World’s Likely First Spent Fuel Repository Moves Toward Licensing https://www.ans.org/news/article-5803/finland-in-front-the-worlds-likely-first-spent-fuel-repository-moves-toward-licensing/

(3) Natureダイジェスト,米国立点火施設がついに核融合点火を達成!https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v20/n3/%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%82%B9%E7%81%AB%E6%96%BD%E8%A8%AD%E3%81%8C%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%AB%E6%A0%B8%E8%9E%8D%E5%90%88%E7%82%B9%E7%81%AB%E3%82%92%E9%81%94%E6%88%90%EF%BC%81/119642

(4) 文部科学省HP 核融合研究 https://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/iter/019.htm

(5) 引用元:Shin Kajita et al 2010 Appl. Phys. Express 3 085204

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