【AICE連載セミナー】熱効率(長谷川 学 第2回)
- コラム
2024.05.15
【AICE連載セミナー】熱効率(長谷川 学 第2回)
著者:AICE戦略企画検討会 長谷川 学(日産自動車 シニアエンジニア)
第一回のコラムでは、一次エネルギーから自動車として用いる二次エネルギーに関してと、エネルギー変換の流れについて見てきました。エンジン車においては、エネルギーキャリアである液体燃料が高いエネルギー密度などで優位性がある一方で、熱効率の低さが課題であることを述べました。電気自動車においては、優れたエネルギー変換を有する一方でバッテリーのエネルギー密度の低さや充電時間が長いことが課題です。現時点では、全ての観点で優位性があるパワーソースはなく、それぞれに技術課題を解決していくことが求められます。第二回目の今回は、エンジンの課題である熱効率について触れてみたいと思います。
エンジンにとって、最も重要な指標は熱効率です。熱効率がなぜ重要であるか、まずは考えていきたいと思います。
まず初めに、自動車用のエンジンに求められることを考えます。エンジンに要求されることは数多くあるのですが、それらは共通して“エンジンを感じないこと“という特徴があります。エンジンへの要求がエンジンを感じないこと、というのは一見矛盾しているようですが、具体的にエンジンを感じる時を考えれば分かってきます。エンジンを感じる時(エンジンへの要求)とは:スタイリングの担当者がカッコ良くクルマをデザインするが、エンジンが大き過ぎてエンジンルームに収まらない(①小型軽量)。アクセルを踏み込んでも加速しないので、右折もままならない(②高出力、ドライバビリティ)。頻繁に給油しなければならず、財布に響く(③低燃費)。ドライブ中は好きな音楽を堪能したいが、エンジンがやかましくて聞こえない(④低騒音)。クルマのエアコンを外気導入にすると排ガス臭い(⑤排気の清浄化)。このように、”エンジンを感じない“ことが良いエンジンであると言えます。
第一回のコラムでも述べたように、エンジンはパワーソースですので、最も根源的な要求は高出力(要求②)であると考えられます。エンジンの設計において、出力を考える時には以下の式を用います。
Pe = pe・Vh・n・i/60 (式1)
ここで、Pe:軸出力(kW)、pe:正味平均有効圧(MPa)、Vh:総行程容積(ℓ)、n:回転数(rpm)、i:サイクル指数
式1から考えると、出力を高めるためには、正味平均有効圧、総行程容積、回転数、サイクル指数を上げれば良いことになります。総行程容積とは、平たく言えばエンジンの排気量ですが、大きくするとどうしてもエンジンが大きくなります(要求①に反する)。回転数を上げると、どうしてもやかましくなります(要求④に反する)。サイクル指数とは、エンジンが一回転する間に何度膨張行程があるかを示す数値で、自動車用エンジンで最も普及しているレシプロ式の4ストロークサイクルでは1/2となります。2ストロークサイクルは倍の1ですので、単純には出力が倍増できる可能性があります。ただし、ガス交換が難しいため、舶用の低速ディーゼルエンジンを除いて普及していません。結果として、出力を上げるためには、正味平均有効圧を高めることが求められます。正味平均有効圧は、空燃比を一定とした時には、充填効率と正味熱効率の積に比例するので、熱効率を高めることは、高出力化する際にとても重要であることが分かります。ちなみに充填効率とは、吸入した新気の量を行程容積の比率として示した指数で、吸排気バルブの作動を工夫したり、過給機を付けたりして、ガス交換を改良することで高めることが出来ます。さて、熱効率を高めると、燃料消費率が下がるので、燃費も良くなりますし(要求③と合致)、熱効率に内包される燃焼効率(燃焼により発生した熱量と供給した燃料の発熱量との比)を高めることは排気の清浄化の重要な方策となります(要求⑤と合致)。このように、熱効率が自動車用エンジンに求められる要求をバランス良く実現していく上で、最も効果的で大切な指標であることがお分かり頂けたかと思います。
図1に主な熱機関の種類毎に、熱効率の変遷を示します。世界初の蒸気機関は、トーマス・ニューコメンが1710年に開発していますが [1]、この時の熱効率は0.5%程度であったと言われています。その後、ジェームズ・ワットが2〜3%まで向上させています [1]。その後も熱効率は継続的に向上し続け、およそ300年の時を経て、現在最も高い効率を有する熱機関はトリプルコンバイドサイクルで、63%に達しています [2]。さて、図1を見ると、熱効率の変遷には二つの大きな特徴があることが分かります。まず一つ目は、熱効率は常に改善されてきたということです。図1では熱機関の種類別に色分けして熱効率のトレンド線を示していますが、どの種類の熱機関においても、傾向は右肩上がりとなっています。ガスタービンを例とすると、技術改良によってタービン入り口温度を高めることで経時的に熱効率が高まってきました [3]。もう一つの特徴としては、技術革新があると熱効率が飛躍的に向上するということです。蒸気エンジンから蒸気タービンへ、更にガスタービンやコンバインドサイクルへといった様に、技術が革新的に進化した際は、ステップ状に熱効率が向上しています。ガスタービンの例では、タービン入り口温度を上げていくと、いずれ材料の耐熱温度の上限に達してしまいます。ここで再熱サイクル(タービンで膨張後に再度加熱し、再びタービンを回す)を適用することで飛躍的に熱効率が向上しています [4]。更に、ガスタービンを回し終えた排ガスの余熱を使って蒸気タービンを回すコンバイドサイクルとすることで、更に熱効率が向上しています [5]。このように熱機関では歴史的に、技術革新で大きく熱効率を向上してきました。ディーゼルエンジンの場合には、直噴ターボ、コモンレールシステムが、ガソリンエンジンの場合には、アトキンソンサイクル(圧縮比よりも膨張比を高めて熱効率を改善する技術)、EGR(Exhaust Gas Recirculation:排気を吸気に再循環してポンプロスを低減する技術)、リーンバーンなどが技術革新の例となると思います。
図2に自動車用のガソリンエンジン、(高速)ディーゼルエンジンのピーク熱効率の変遷を、舶用で用いられる(低速)ディーゼルエンジンと比較して示します。こちらの図からも、全ての種別でピーク熱効率が常に改善されてきたことが分かります。自動車用で比較した場合、ガソリンエンジンよりも高速ディーゼルエンジンの方が、熱効率が高くなっています。これは主に高速ディーゼルエンジンの方が、圧縮比が高く、作動ガスも希薄(理論当量比に比べて、燃料が少ない)で比熱比(気体の定圧比熱と定容比熱の比)が高いためであると考えられます。ディーゼルエンジン同士の比較では、自動車で用いられる高速ディーゼルよりも、舶用の低速ディーゼルの方が、ピーク熱効率が高くなっています。しかしながら、30~50年の時差はありますが、高速ディーゼルエンジンにおいても、低速ディーゼルエンジンのピーク熱効率のレベルに遅れて達していることが分かります。自動車用エンジンの熱効率を高めるためにも、先行して高熱効率を達成している舶用エンジンを参考にすることは多くあると考えられます。
図3に現在の舶用と自動車用のそれぞれで最も効率の良いエンジン同士でピーク熱効率を比較した結果(熱勘定)を示します [6]。舶用の低速2ストロークディーゼルエンジンでは正味熱効率が55%であり、自動車用ガソリンエンジンの42%より大きくなっています。細かく内訳をみると、軸出力としては舶用が49.3%、自動車用が42.3%で、7ポイント差がついています。加えて舶用では、蒸気タービン回生として5.6%を排気損失から取り戻していることと、冷却損失として、舶用が8.1%、自動車用が28.9%と、20.8ポイント差があることが特筆すべき点となります。
舶用ディーゼルエンジンの冷却損失が小さい要因としては、舶用ディーゼルエンジンの方が燃焼室の比表面積(表面積と容積の比率)が小さいことが挙げられます。容積は代表長さの三乗に、表面積は二乗にそれぞれ比例するので、容積が大きい方が比表面積は相対的に小さくなります。加えて舶用ディーゼルエンジンでは自動車用ガソリンエンジンと比べるとロングストローク(ボアに比べてストロークが大きい)ということもあり、図3の例では比表面積は半分となっています。このため燃焼室表面からの放熱が相対的に少なく、冷却損失も低いと考えられます。これらのことから、自動車用エンジンのピーク熱効率を高める方向性としては、圧縮比・比熱比を高めて軸出力を大きく取ること、冷却損失を極力下げること、排熱回収を行うこと、などが考えられます。
前回のコラムでも述べましたが、AICEでは、内燃機関技術を用いたカーボンニュートラル(CN)技術シナリオを策定しています [7, 8, 9]。その中では、熱効率の向上を大きな柱として提案しています。具体的には、SIP「革新的燃焼技術」(AICEは連携協定の中で研究活動に貢献)[10]で創出された成果をベースとして、高圧縮比化、摩擦損失低減、排熱回収、暖機時間の削減などの方策を掲げています。これら継続的な熱効率改善活動に加えて、AICEは産学連携の強みを活かして更なる技術革新を起こすことで、飛躍的な熱効率の向上も狙っていきます。
1. Maximum efficiencies of engines and turbines、 1700-2000., Cutler Cleveland, visualizing Energy A project of the Boston University Institute for Global Sustainability, June 26, 2023
2. 火力発電所の高効率化、 経済産業省 資源エネルギー庁 総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会(第18回会合)資料、 平成27年11月20日(金)
3. 小規模火力発電の意義と課題、 東京大学生産技術研究所 エネルギー工学連携研究センター副センター長 特任教授 金子 祥三、環境省セミナー 2014年11月21日
4. 再熱サイクルによる熱効率の改善理由を分かりやすく解説します、蒸気工学・火力プラント技術を分かりやすく – 火プラ.com、2021年7月26日
5. コンバインドサイクル発電、電気事業連合会HP
6. Efficiency Diagram for Ship Engines, SANKEY DIAGRAMS, A Sankey diagram says more than 1000 pie charts
7. 自動車用内燃機関技術研究組合 ” カーボンニュートラル実現に向けたAICEの役割” 自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)HP
8. Shuji Kimura、 Manabu Hasegawa. “AICE zero emission scenario for 2050 with industry-academia collaboration”. 6th IFAC Conference on Engine and Powertrain Control, Simulation and Modeling E-COSM 2021. August 22 – 25, 2021
9. 北村 高明、木村 修二、松浦 浩海、菊池 隆司。” カーボンニュートラルに向けた内燃機関の挑戦”。JSAE Symposium 2021. Nov 2021
10. 国立研究開発法人科学技術振興機構、“SIP革新的燃焼技術成果集”、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)HP