【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第1回 何故、カーボンニュートラル(CN)化が必要?
- コラム
2023.06.21
【AICE連載セミナー】カーボンニュートラルを考える 第1回 何故、カーボンニュートラル(CN)化が必要?
AICE研究推進委員長 山本 博之(マツダ株式会社 技術研究所 技監)
AICE連載セミナーに際し、カーボンニュートラル(以下、CN)に関する執筆を要請いただきました。筆者の現役時代と違って、最近の内燃機関に関わっておられる皆さんは、気候変動、エネルギー問題、電動化やそのデバイスの動向など、エンジン以外にも非常に多くの周辺情報・知識を要求されます。忙しい皆様の頭の整理に少しでも役立てていただきたく、また若い技術者や学生の皆さんには「日本は電動化で遅れている」とする論調について考えていただきたく、そのトリガーとなればとの思いで、4回に渡って寄稿します。
■ CNとは?
「CN」、「脱炭素」という言葉は、‘20/10の臨時国会での菅首相の所信表明演説以降、日本でもすっかり定着しました。最近では「ネットゼロ」,「ゼロカーボン」などの表現もあります。これらの言葉は厳密には差があるようですが、いずれも地球温暖化の防止を目指した温室効果ガス全体の排出ゼロ化あるいは排出量と吸収量の差し引きをゼロにすることを示しており、区別なく使われているのが実態かと思います。
温暖化防止の取組みは、国連の気候変動枠組条約に基づいて毎年開催されている国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)で議論されています。’15のCOP21では、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」ことが採択されました。いわゆる、パリ協定です。参加国が限られていた京都議定書(COP3)から、ようやく世界を巻き込んだ目標として採択されました。京都議定書での日本の削減目標は6%で、これを実現するために「チームマイナス6%」のプロジェクト(’05-’09)がありました。これが10年でマイナス100%(CN)になるほど気候問題が切迫してきました。
最近のCOPでは、グラスゴー(COP26,2021)で英国の強力なイニシアティブにより、1.5℃に向けて野心レベルの引き上げが行われ、シャルムエルシェイク(COP27,2022)ではまたパリ協定レベルに引き戻されるなど、国際的な駆け引きにも目が離せません。
■ 温暖化の実害
温室効果ガスによる温暖化のメカニズムは、多くのサイトで解説されているのでそちらを参照いただくとして、そもそも何故CN化や温暖化防止が必要なのでしょうか? 温暖化懐疑論もある一方で異常な自然現象は何でも温暖化のせいとする風潮もあります。改めて温暖化の実害を振り返るため、科学的見地からそれを指摘しているIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書を見てみましょう。
今年3月に承認されたIPCC第6次(AR6)統合報告書1),2)では、まず人間が地球温暖化を引き起こしたことを、「疑う余地がない」としています。AR4('07/2公表)では可能性が非常に高い(90%以上)、AR5(’13/9公表)では可能性が極めて高い(95%以上)3) とされてきましたので、確信度はどんどん高まってきており、もはや言い逃れできない状況です。
自然や生物に対する温暖化の影響、損失と損害は多岐に渡ります。ヒトに直接関わるものとしては以下が確からしさとともに記載されています。非常に広範かつ深刻です。
・確信度が非常に高い影響:猛暑増加による死亡率と罹患率の増加、食品媒介疾患(サルモネラ菌、カンピロバクター等)および水媒介疾患(ビブリオ菌特にコレラ菌、下痢性疾患等)、異常気象によるトラウマ
・確信度が高い影響:気温上昇や生計・文化喪失による精神的健康上の課題、食料安全保障の低下、水安全保障への影響、海洋温暖化と海洋酸性化による漁業や貝類の養殖による食料生産への悪影響、ベクター媒介性(蚊、ダニ等)疾患の発生率増加
・確信度が中程度の影響:農業生産性向上の鈍化、世界人口の半数が年間の一部で深刻な水不足を経験
これら影響は不平等で、温暖化にはほとんど悪影響を及ぼしていない脆弱なコミュニティが大きな損害を被っていることも記されています。例えば、太平洋の島嶼国のように温暖化に対してほとんど悪影響を及ぼしていない国々が、海面上昇による国土喪失という重大な危機にさらされている不合理さを指しているものと思います。
IPCCは、各国政府の気候変動に関する政策に対し科学的な基礎を与えるのが役割で、世界中の科学者が協力して、査読付き論文を集め報告書としてまとめています4)。統合報告書では、限られた紙面に載せるステートメントが厳選され、その一つ一つを各国政府が確認しているそうです。この報告書の内容の重みを改めて感じます。
■この10年の重要性(勝負の10年)
このような実害の早期解決に向け、IPCCの統合報告書は、この10年間の重要性を次のように指摘しています。
どこまで気温が上がるかは、CN達成までに排出し続けた温室効果ガスの積算値で決まります。気温上昇を抑える上で今後の排出許容量を残余カーボンバジェットと言いますが、1.5℃対しては500Gton、2℃の場合は1150Gtonです。いずれも2020年初頭を起点とした数字で、ここ数年の排出量は年間50Gton程度ですから、このレベルが続けば2030年には、1.5℃に達してしまいます。単に2050年にCNを達成できればOKというわけではなく、ここ10年で如何に排出量を削減できるかが重要です。なお、この10年間の各国の削減計画はNDC(Nationally Determined Contribution 国が決定する貢献)として既に提示されています。日本は「おぼろげながら浮かんできた」と話題になった46%削減です。各国のNDCを集めても、それらでは不足することも指摘されており、各国の野心レベルの引き上げを狙ってグローバルストックテイク(GST)による評価がスタートしています。
これらは5月のG7広島サミットでも指摘されました。そのコミュニケ5)では「この勝負の10年及びその後の数十年間における世界の気温上昇を抑える上で、全ての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する」とし、GST成果を反映した次期NDCの提出を求めています。
統合報告書では、削減目標が達成できないケースも「オーバーシュート」という表現で想定しています。二酸化炭素除去(CDR)によって世界全体でCO2排出量が負になれば、温暖化を徐々に低減できるとする一方で、オーバーシュートの一部は不可逆的(例えば、いったん溶けた氷河は温暖化が低減されても元に戻らない)であり、追加的なリスクをもたらす(その影響及びリスクはオーバーシュートの規模と期間による)ことも記されています。
■ 勝負の10年には総合的なCN化の取組みが必要
他方、CNの阻害要因も非常に多いのが現実です。今日でも世界のエネルギーの8割を賄う化石燃料を代替することの技術的・経済的困難さ、エネルギーセキュリティ、レジリエンスの問題に加え、COP27でも取り上げられたグローバルサウスの損失と損害に対する補償、各国・地域の産業競争力確保の思惑。また多くの国が2050CNを目指す中、2060以降とする多排出国が複数あります。
しかしながら、どうせ2050CNは無理だから・・・と諦めるわけにはいきません。達成がかなわぬまでもオーバーシュートを最少化できるよう、あらゆる技術を総動員して大幅かつ早急な温室効果ガス削減を図るとともに、CDR技術の準備も進める必要があります。
モビリティの部門では、日本のEV普及遅れ批判もよく目、耳にしますが、内燃機関vs EVの構図ではなく、合成燃料等のCN燃料利用の内燃機関と、再生可能電力利用のEV の合わせ技により、新車のみならず既販車CO2低減や他部門での再生可能電力利用にも配慮した総合的な温室効果ガスの排出抑制に取り組んでいくことが重要です。AICEはこれにシッカリ貢献していきます。
次回は、各国・各地域のCN施策を見ていきます。
1) SYNTHESIS REPORT OF THE IPCC SIXTH ASSESSMENT REPORT (AR6) Summary for Policymakers IPCC_AR6_SYR_SPM.pdf
2) 環境省 別添AR6統合報告書の政策決定者向け要約(SPM)の概要 000121451.pdf (env.go.jp)
3) 環境省 IPCC 第5次評価報告書の概要 -WG1(自然科学的根拠)- (env.go.jp)
4) 経産省 気候変動対策を科学的に!「IPCC」ってどんな組織?|スペシャルコンテンツ|資源エネルギー庁 (meti.go.jp)
5) 外務省 G7広島首脳コミュニケ(仮訳)100507033.pdf (mofa.go.jp)
コラムのコラム ~ 悪いのは炭素ではなく、「脱炭素」! ~
冒頭でCNと類似の言葉は区別なく使われている、としましたが、敢えて拘ってみます。
何故か日本ではCNを「脱炭素」と表現することが多いように思います。直訳すれば、炭素「中立」にもかかわらず、「脱」と炭素を悪者扱いです。温室効果ガスとして問題なのは炭素の化合物である二酸化炭素であり、化合物の性質は含まれている元素単体の性質とは全く別物であることは、中学生でも知っています。二酸化炭素に含まれていることが悪いなら酸素も悪物となるので、我々人間は生きていけなくなってしまいます。尤もそれがCNへの近道かもしれませんが、それでは元も子もないですね。同じ脈絡で環境最優先の考え方に対しても、やはり便利で快適な生活と温暖化防止を両立させたいところですし、このような我儘をかなえるのが、我々技術者の務めと捉えています。務めを果たす上で、炭素を悪者扱いしてしまうと、CN燃料など「炭素を循環して使う」発想、CCUS(Carbon Capture, Usage and Storage)の実用化、そうしたシステムへの理解などが失われ、ひいては投資も制約されてしまうことを危惧します。